ultraseamless’s diary

読んだ本の感想を書いたり、日々のことをつらつらと。

【書評】パウロ•コエーリョ『ベロニカは死ぬことにした』

こんにちは!Ultraseamlessです。

ふと、BookOffで見つけた本、『ベロニカは死ぬことにした』を読んでみました〜。

さて、それではまず著者のご紹介をば。

パウロ•コエーリョ
1947年ブラジル、リオデジャネイロ生まれ。世界中を旅した後に音楽とジャーナリズムの世界へ入る。1987年、初の著者「星の巡礼」を出版して注目を集め、88年に発表した「アルケミスト」が世界中でベストセラーになる。現在は世界を旅しながら勢力的に執筆活動をつづけている。


ときは1997年11月、スロベニアのリュブリャーナという街の修道院に住むベロニカという少女は、自殺をしようとしていた。

しかし自殺は失敗し、ベロニカは精神病院に収容される。そして彼女は、自殺未遂の後遺症で心臓が急激に弱っていて、寿命は一週間ほどしかないことを医者から宣告される。


それでは、この物語の舞台となったスロベニアの基本情報を紹介してみます。


まず、セルビアという国は、オーストリア、イタリア、ハンガリークロアチアに、囲まれた小さな国です。

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(外務省ホームページより引用)


1.面積

2万273平方キロメートル(四国とほぼ同じ)

2.人口

約206万1千人(統計局)

3.首都

リュブリャナ(人口28万人)

4.言語

スロベニア語

5.宗教

カトリック 57.8%、イスラム教 2.4%、セルビア正教 2.3%、プロテスタント 0.8%、その他 37.7%

(以上外務省ホームページより引用)


面積は四国とほぼ同じ!なんですね(°_°)!そしてその国の首都が、舞台のリュブリャーナなんですね。

じゃぁリュブリャーナの修道院ってどんな感じ?どんな街?ということで、ちょっとネットで拾ってきました。

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わーーっ!赤レンガ色の屋根に緑が広がってます!イタリアが隣国ということもあり(?)街の雰囲気は結構似ているみたいですね。
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では、主人公ベロニカがいた修道院というのは、どんな雰囲気なんでしょう?

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おそらく、こんな感じの西欧的な雰囲気の修道院ではなかったのではないかと思います。

さて、そんなセルビア、リュブリャーナの精神病院でベロニカは残された日々をどう過ごすのでしょう。


以下は特に印象に残ったフレーズです。

彼女は友だちのみんなに、人も羨むような女性という印象を与えたが、自分で作り上げた虚像に合わせて行動することにエネルギーの大半を費やすようになっていた。
彼女は••強烈な不安と現実からの疎外感と、自制心の喪失を感じていた。
彼女は誰にも怒らなかった。怒れば、対応しなければならなくなり、敵と戦わなければ ならなくなるわけで、復讐のような、予期せぬ結果を生むことになるからだ。
彼女は自分の多くの欲求を、両親から子供の頃のように愛し続けてもらうために捨ててきた。
毎日が同じだからという理由で。そして彼女は死ぬことにした。
彼女は自制に、仮面に、適切な振る舞いに、飽き飽きしていた。ベロニカは人生の残り2,3日を、できるだけ不適切に過ごしたいと思った•••彼女は全てに憎悪を感じていた。自分自身にも、世界にも、目の前の椅子にも、廊下のオイルヒーターにも、•••ベロニカは全てが嫌いだったが、主に自分の今までの生き方が大嫌いだった。•••それから、彼女は世界中で一番好きな人に対して憎悪を感じるようになった。自分の母親にだ。一日中働き、夜は皿を洗う素晴らしい奥さんで、自分の娘がいい教育を受けられるようにし、ピアノとバイオリンが弾けるようにし、•••自分にはもう何年も着ていた使い古しのドレスを修繕しては、人生を犠牲にしてきた母親に。

正直、こんなにも似た、境遇のひとがこの世に、しかもスロベニアにいたのか!!という衝撃がありました。


そして、選んだ選択や環境があまりに似ておりその結果も全く同じなので、私は驚きでいっぱいに、、。


誰かにこびを打ったり、母の機嫌を損ねないように相槌をうったり、そんな方法で生きてきたから、こーなったのか!?


みたいな。

ちょっといま言葉にならないのでまた追記。

 追記:

この本を読んで思ったのは自分が生まれ育った環境の中に、今の自分ができあがる理由があるんだな、ということ。


家族や友人との関係を見返すよりも目の前にやってくる課題をどうクリアするかの方が、日常では大事だったりするじゃないですか。

でも今回ぼんやり気付かされたのは、他でもない自分が選んだ選択が今の自分を作っているんだということです。

昨日、私は何でも人のせいにするマンだったことを言いましたが、それと同じように、人に好かれるために人からの理想像に自分を合わせることに全力になったり。


とにかく順応することでやり過ごしてきたこと。そして自分の感情よりも相手の顔色を気にすることに徹した結果、決断を相手にさせて自分は従うこと、歯向かわないことに順応すること。


それを自分で選択したんだなと、思い返されました