ultraseamless’s diary

読んだ本の感想を書いたり、日々のことをつらつらと。

【感想】中村文則『火』

ばんこんわー
ウルトラシームレスっすー

お元気ですか?

さてー。今回読んだのは『火』というもの。中村文則氏の2007年に雑誌に発表された、短編小説です。

『銃』の単行本化に伴って収録されてます。
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いつものように、ネタバレ注意なので。ご注意を!

ではさっそくー。

中村氏のあとがきから、ちょっと『火』について。
「何かを燃やしてなければ存在できない、奇麗な、悪」といつ言葉も出て来るけど、押し付けられるような明るさや、大多数が喜びそうに計算されたものが多い中、文学においてこういうものも必要なんじゃないか、と作者としては勝手に思っている。

とコメントがあったんですけど。

うん、言葉で説明するのは結構難しいんですけど、とりあえずあらすじをば。

【あらすじ】

物語はある女の独白から始まる。

精神科医(おそらく)に主人公が、自分の身にあったことを、ただ語り続ける。

彼女は、小学生の時に両親を焼き殺したのだった。

中学生の時には不良グループと仲良くなり、中学二年生の時には高校生の暴走族の男と付き合うようになった。そして妊娠した

その後は中学を卒業し、高校を二年生で辞めて工場の事務の仕事についた。そしてRという青い派手な車に乗る男と付き合ってたが、刑務所に入っていき一人になる。

しかし彼が刑務所から出るのを待つ前に、職場の同僚の知り合いの兄と結婚する。


なんというか、わたしは、自分から、何かをしようとしたことは、あまりなかった気がします。一部の例外を除いて•••。いつも、状況に身を任せて、その変化した新しい状況に、自分を合わすとも、合わさないともせず、ただ曖昧にそこにいた•••。

そして、21歳の彼女はすぐに妊娠し、結婚した。しかし、結婚相手の母は性格が悪く、子どもを取り上げるわ、夫の浮気を指摘すると殴ってくるわ、、。

どこにも、主人公の味方はいなかった。

典型的、でしょうか?そうですね、わたしの人生は、残念ながら、そういうものでした。ですが、人の不幸なんて、たいていそんな、典型的なもので•••そうだから、悲しいのではないでしょうか?•••••••••大抵の人の苦労というのは、ドロドロで、陰惨な典型の中に、あるんじゃないでしょうか。

そして彼女は、浮気をはじめる。

わたしは、まだ26だったんです。わたしを相手にしようと思う男なんて、いくらでもいた•••。わたしは、すぐやらせることと、もてることを、同じことのように、勘違いしていました。誰かに必要とされると感じるのは、いいものだと思っていた•••。いや、何も、考えていなかったのだと思います。

しかし、浮気を疑われ始め、夫に殴られたり蹴られたりするようになる。

そして主人公は、

家を出ることを決める。

そこで、夫の父を誘い、ホテルに行き、その様子を友達に写真に撮ってもらい

夕食の時にそれを見せ、兄弟の会社、後援会などにも送った。父は地方議員をしていた。

この父親は、いい人、だったんです。それなのにどうしてでしょうか。わたしは、そうしたくて、そうしたくて、たまらなかったんです。泣きながら、ゾクゾクしていました。喜びに、打ち震えていた•••。ですが、しゃがみ込んで下を向いていたわたしの顔を、ちょうどその高さに顔がくる娘が、見ていたような気がしました。わたしは、泣き声を上げながら、浮かび上がってくる口元の笑いを、我慢できていなかった•••。


そして主人公は翌日家を出て、クラブで働くが、身体を悪くして辞める。借金をおいはじめる。そして、昔の客を相手に、ホテルに行ってお金をもらう、

そういう稼ぎをし始める。

ああ、先生は、わたしを軽蔑しているのでしょう?アハハ、そうに、決まっています。でも、いいんです。もう、どうでもいい•••。

そして、主人公はTという男に出会う。Tは主人公とのセックスの時に腕をおろうとしたり、首を締めようとしたりした。

こういう時、先生みたいに、普通にちゃんと生活してきた人なら、身体を壊したら、生活保護をもらえばいいとか、借金が増えたなら、弁護士に頼めばいいとか、Tからそういうことをされたら、警察に行けばいいとか、思うのでしょう?ですが、あの時のわたしには、そういった判断力が、なくなっていたんです。元々、わたしは役所とか、警察とか、なんというか、わたしとは違う世界のもの、そういったちゃんとしたものからは、遠い人間でした。
個人の中で、解決する。でもこれが、悲劇の始まりなんです。個人の狭い中で解決しようとして、さらに悪い方へ行く。••••••小さいものを守るために、もっと悪い方へ落ちていったんです。


そうして主人公は、どんどん落ちていく。


【感想】

じぇじぇじぇ。自分がいる。と思った。

曖昧にそこにいる、という言葉が、

『そうなんだよ。そうだったんだよ。』

と腑に落ちた。


何かを言うでもなく、何かをしたい訳でもなく。ただ流れてくるものに反応する。

あの、世界の曖昧さ。目に見えるものも聞こえるものも、何も認識出来ない状態。常に船酔いしてるような感覚。


あの時の自分が小説になって、独白をしているような、そんな感覚になった。

物語自体には、そこまで感情移入しなかった、というかさほど興味がわかなかった。なんだか現実味がないというか、そんなことあるんだなぁ、と。

でもその世界を包み込む薄暗さや

主人公のおかしい言動には、

懐かしく共感できることがあって


それを表の舞台で描いてくれた中村氏に感謝をしたくなった。

言葉にしてくれてありがとう、というか。もう思い出したくもないあの時の、あの世界を、言葉で曝け出してくれて。

あの曖昧な日々を共感できる人がいるということに少し救われる。